看護学実習で実習指導者が直面する悩みについて考えていきます。今回は看護学生の細かすぎる質問にどう答えたらいいのかという問題について紹介します。
王道の方法はない
学生の細かい質問に答えられなかったとき「私の能力不足ではないだろうか」と感じる実習指導者がいます。しかし研究結果をみると多くの実習指導者が同じような悩みを抱えています。ですからまず自分を責めることなく、実習指導に臨んでいただければと思います。
研究が進んでも「このように対応したらいい」という王道の方法はありません。なぜなら質問に答えるという指導は学生の個性もみながら臨機応変工夫して行うため対応方法が無限だからです。実習指導には、その場の状況、学生の状況、指導者の状況、それぞれに違いがあるので、この3つの要素だけでも単純計算で8通りの対応があるわけです。どの状況も同じ時はなく他の要素もからむので、対応方法が無限であることは容易に想像できると思います。そのため以下に記す内容もあくまで参考ですが、皆さんのお悩みに少しでも役立てばと願います。
学生が細かく質問する理由
学生がいつもより細かく質問してくるのには理由があります。
- 純粋に学習意欲が高い
- 医学知識(解剖生理学・治療・副作用・薬効など)をどこまで深く勉強したらいいかわからないので沼にはまっている
- 自分のアセスメントに自信がない
いずれにせよ、学生の質問が細かいということは、それだけしっかり勉強してきた証ですので、一旦喜んでください(笑)
指導者にできること
質問は一旦受け取る
できれば避けたいこと
- 学生の質問に答える前に「なんでそう思ったの?」「その質問の意図は何?」と質問返しする
- 「そこまで必要?」と聞く
返答せずに質問返しするのは少し酷です。なぜなら学生にとって指導者や教員への質問は勇気のいることだからです。想像してみてください、看護部長や師長に質問したら逆に質問返しに合うのと同じです。(ちょっと冷えますね…)
また、「そこまで必要?」と聞かれても学生はそこまで必要かどうかわかりません。そもそも、今はそこまで知る必要ないと判断している学生は質問してこないので、質問してくる学生は「そこまで」が何を意味するのか理解できないことが多いです。ですから質問返しに合うと、学生は「…」か「モゴモゴ~」の2択で気まずい雰囲気を過ごすことになり、今後も質問しづらくなり、やがて看護計画はわからないことだらけで患者看護も上手くいかないという負の連鎖に陥ります。これを回避するために看護学生用の実習HowToがネット上に溢れておりまして、小手先だけの教育にならないように我々大人の質問方法も工夫しなければいけないなと思う次第です。
質問に答える時の配慮
- 質問は一旦受け取る
- 質問の意味がわからなくても一旦受け取る
- あなたの質問に答える気がありますよという姿勢をみせる
まさに患者さんとのコミュニケーションと同じで、質問は一旦受け取ります。
それはね…いっぱい答えがあるんだけど…
この一言、これが「受け取り」です。この一言でも、あなたの質問に答える気がありますよというメッセージになります。質問するなら、ここからです。
なんでそう思ったのかな?具体的にどんな時にその疑問がでてきたか教えてくれる?それがわかれば私、答えられると思う。
調べてみたんですけど、教科書にはこう書いてあって…、でも先生にはこう言われて…、でもカルテにはこう書いてあるし…
同じ質問返しでも、一旦受け取ってから返すとコミュニケーションが成立しますので、学生は心理的に安心して「なぜその質問をしたのか」を説明しやすくなります。
看護師に必要な医学知識の範囲を教える
細か過ぎる質問の多くは解剖生理学や病態生理ではないでしょうか。しっかり予習してきた学生の中には、電子カルテの情報をアセスメントしてみると教科書通りではないことに困惑する場合があります。
溶血性貧血って書いてあるけれど、ハプトグロビンは低下していないのになぜ溶血性貧血なんですか?
このような疑問は誰しも経験のあることです。もしこれが医学生だったらきっと徹底的に深堀りすべきでしょう。しかし看護師は深堀りしなければいけない知識と、そうではない知識があります。なぜなら看護するために必要な医学知識は、診断・治療するために必要なDrの医学知識とは、範囲も深さも違うからです。学生にはこの線引きがわかりませんので、ここまでは今理解が必要、ここからは臨床に出てから勉強でOKなど、勉強する深さやスピードの目安を示してあげると親切です。
看護師に必要な医学知識の範囲の線引き基準は人によって違います。
溶血性貧血でもそうでなくても、患者さんの症状やADLは変わらないから患者さんへの看護は変わらないよね。だからその情報はそこまで深堀りしなくてもいいわよ(看護実践で線引き)
看護師は診断はつけないので、そこまでの知識は必要ないよ
(職務で線引き)
診断のことはドクターに聞いてみようか(質問内容で問い合わせ先を線引き)
どの線引き方法が良いかは看護観や教育観によりますし、質問内容や学生の状況にもよります。いずれにせよ学生は質問に対する答えが欲しいので、明確な回答がない場合は少しモヤっとします。ですから、質問を一旦受け止め、回答し(もしくは回答を得られる方法を提案し)、学生は今後どうしたらいいのか方向性を示すことは一番納得がいく対応です。
詳しく勉強してきたね。どうしてハプトグロビンが低いのに溶血性貧血と診断したのかはDrに聞いておくので明日回答するね。でも診断名が変わることはないから、溶血性貧血の病態生理で看護計画の立案はすすめて大丈夫だよ。
しかし、毎回全ての質問に回答する時間はありませんし、必要もないと思います。ですから私はよく例を出して説明していました。
みんな自転車を分解してメンテできないけれど、乗ってるよね。基本的には、こぎ方やブレーキのかけ方を知っていれば乗れるもんね。看護も同じで、医学知識全部を知っていなくても、看護するために必要な知識があれば基本的な看護はできるんだよね。
そっか。じゃあハプトグロビンのことは知らなくてもなんとかなりそうな気がしてきた。
自転車も長距離ロードバイクの愛用者は自分で分解してメンテする人もいるよ。同じように、専門看護師やNPなど専門的な看護をする人や、同じ診療科に長くいて専門性の高い看護をしている人は、さらに学習を深めて沢山の知識を活用している場合がある。だからハプトグロビンのことも知っているかもしれない。
なるほど。じゃあ今は学生なのでまず基本のところからおさえて、マニアックなところはもう少し成長したら深めてみます。
そうしよっか。頑張って全部深堀りしてたら…患者さんに何も看護しないまま実習終わってしまいそうだ。
自分で判断してもいいことを伝える
「こう思ったんですけど…」「これってあってますか?」と何度も繰り返し聞いてくる学生もいます。だいたい自分のアセスメントに自信がない時や、真面目に完璧にこなす慎重なタイプAの性格だとこのパターンになりやすいです。自分の考え方に自信がないので、「合っている」と確信できないと次のステップに進むことができないです。石橋をたたいて渡る感じですね。漠然と不安な時は不安を軽減できるようなアドバイスをしますし、自分で判断せずに人に判断をゆだねてしまう傾向が強い時は、判断できるように支援します。
患者さんに直接影響することは計画発表で指導しているし、記録に書いてあることで間違っていることは指摘するので、大きく脱線しないから安心して。毎回確認しなくても大丈夫だよ。
1回自分で「こういう理由だからこうしよう!」って判断してみようか。自分で判断する練習も必要だもんね。その判断を聞かせてくれたらアドバイスするよ。
時間的な制約を制する
実習指導は時間が限られています。時間に追われていると学生の質問に対する回答が雑になることは否めません。そこで、上手だな~と思った時間を制する術も紹介しておきます。
- 急ぎの質問かどうか確認する
- 急ぎかそうでないか指導者が判断し、あとで回答時間をとる
- カンファレンス等、一日の終わりに質問タイムを設けて疑問解消して帰宅させる
- 全員の前で質問を受け付け回答するスタイルにすると、同じ質問を持つ学生が疑問解消できるので、重複指導を回避できる
- 学生にSBARでの報告・質問にしてほしいことを依頼する
- 指導者や病棟の状況を学生にも伝えておく(学生は大人なので状況を知っておればそれに合わせてある程度動けます)
実習指導者は学生の質問を全部自分で請け負う必要はありません。受け持ち看護師や一緒にケアをしてくれた看護師に質問してもいいし、教員に質問してもいいのです。でも実習指導者として1日30分でも1週間に2回でも定期的に学生の中にたまっていく疑問に回答する時間をとってもらえると実習目標達成にむけての軌道修正ができるので学生は助かります。実習が次の港にいく航海であるならば、日々の船内業務はスタッフ任せでも、船の進路を舵取りするのは指導者というわけなのです。
指導者が回答できないとき
学生の細かい質問に指導者が回答できないことはよくあります。特に若手の指導者の場合、学生指導のコツもつかめていないし看護師としての熟練度も道半ばであるため、回答できないことは増えて当然だと思います。でもそれは恥ずかしいことではありません。沢山のベテラン指導者にも出会ってきましたが、ベテランほど自分の知らないことは知らないと即答する気がします(笑)。知ったかぶりは患者の命を危険にさらしますので、知らないなら調べる、「わからなかったので教えてください」という勇気が一番大切、と理解しておられるのでしょう。
指導者が回答できないとき
- わからないとはっきり伝える
- わからないことが起きた時、看護師はいつもどうしているのかを学生に伝える
- 今回は、その質問に対する回答をどうするのか、方向性を示す
溶血性貧血って書いてあるけれど、ハプトグロビンは低下していないのになぜ溶血性貧血なんですか?
ハプトグロビン!そんなんあるん!知らんかったわ!
先生も知らないことあるんですね
今でも知らんことの方が多いねん。う~ん、でもそれは今すぐ必要な知識じゃない気がするな。今週末に時間あるとき調べたらいい気がするけど…指導者さん、それでいいですか?
学生さんはそれ以上調べなくていいですよ。調べても答え出てこないと思うから、私が担当医に聞いてみます。私もわからないから興味あるし。
学生は全部理解しておかないと看護してはいけないと思っていることがあります。また、指導者や教員は何でも知っていると思っていることもあります。でも実際は、臨床看護師は知らないことの方がはるかに多いなかで看護実践しています。それでも患者さんの満足する看護ができるのは、看護するために必要な知識は何かを見極めて、適切な情報収集とアセスメントを行っているからでしょうね。
それは私もわからないな~、急ぎじゃないのは確かだから来週回答してもいいかな。調べてみるわ。
じゃあ…関連図はどうしたらいいですか?
ここから一気に線引っ張って大丈夫!
指導者や教員が「わからない」と回答することで、学生の信頼を失うのではないかと不安になるかもしれません。しかし、この20年で学生からそのような言葉を聞いたことは一度もありません。むしろ学生も大人ですから知ったかぶりやその場しのぎの逃げはわかりますので、いい加減な回答をするほうが信頼を失います。専門家の「わからない」という回答は誠実さも反映しているのでしょう。
学生は指導者や教員のベッドサイドケアを先輩看護師の実践として見ていますので、一緒に実習するだけで十分看護師として認めています。実際、私は実習担当病棟の8割は未経験の診療科だったため知らないことだらけでオロオロしていましたが、そんな状況でも学生から「患者さんが先生の説明はわかりやすいって言ってた」「先生みたいに上手く陰部洗浄できるようになりたい」などと言われることがありました。驚いたのは、「学生の時に先生が一緒にベッドメイキングに入ってくれて、その時汚れたベッドを消毒して綺麗にしてからシーツをはったことに感動したのを覚えている」と卒業生から言われたときです。ただ、拭いただけだったそうですが(笑)、そんなことでも学生にとっては「基本に忠実に看護すること」に映るのですね。臨床を離れた基本のキしかできない教員でもこれですから、臨床看護師のすごさたるや比べものにならないほどなのです。
私たちには看護師としての経験があります。そしてその経験を学生たちに伝えていくことができます。ですから自信をもって、知らないことは知らないなりに一緒に解決する方向でいかがでしょうか。私はそれも良きと思っています。